2008年09月01日

思い出と決意

入社1年目にもやらかした記憶があります。

冷静に考えてみると、このエントリは、あまりよろしくないエントリだったかもしれません。常識的に考えて「面と向かって言え」って言われて当然です。しかしまぁ、もうアップしてしまったので手遅れ。隠したほうが、より不自然。それこそチキンだわな。やらかしてしまったミスを隠し立てするのは良い結果にはならん。なんかグーグルの検索候補も面白いことになってたし。(関係ない)

1行目にも書いたとおり、会社への不満を世界中のヒトが見れる場所に書いた前科が、実はあります。

あれは2年目に差し掛かった頃のこと。

同僚が辞める辞めないでゴタゴタしてたときに、そのころ俺の抱えていた不満と彼の抱えていた不満をまぜこぜにして、世界中のヒトが見れる場所にブチまけたことがあります。見れるといっても、日本語知らないと変換できないようなURLで、だけど。(例:プロレス日記⇒pu60su.htm みたいな)

・・・でまぁ、上司兼副社長がそれを目にし、上司兼副社長と先輩に終電まで俺と同僚の不満を聞いてもらい、また、上司や先輩の話を聞いたりしました。残念ながら、話の内容はすでに覚えていませんが、俺がブチまけた不満の一部について、「それは申し訳ない」という言葉を頂き、なんだか溜飲が下がったような記憶があります。

さて、当時ペーペーとは言え曲がりなりにも俺はプログラマですから、全世界に公開するということがどういうことか、知らなかった訳ではありません。懲戒は覚悟の上でブチまけた訳ですが、結果として、懲戒などの処分は一切ありませんでした。聞いた話によると、上司兼副社長がことの子細を社長に報告し、穏便に済ませるよう根回ししたらしいです。

次の日だったか、社長から1通のメールを頂きました。内容については細かく触れませんが、少なくとも、俺のやる気が回復する内容であったことは確かです。あのメールは、今でも大切に保存してあります。


変わったのは会社なのか俺なのか、変わらなければならないのは会社なのか俺なのか、明確な解答を出せないのは分かってる。だがとりあえず、俺は1つの解答を出した。それだけは間違いない。

多くのヒトに支えられていたことは間違いない。ヒトを踏み潰して歩いていることも間違いない。たくさんの温情をかけて頂いたことも分かってる。

俺の今歩いている道、過去歩いてきた道が、間違っているとは思わない。たくさんの失敗を犯してきたが、それはいつか俺の道に繋がる。嫁の道、娘の道、会社の道にも繋がっている。それは間違いない。意地でも繋げる。

弱き者は去るべし。それが今回は俺だった。ならば、強くなるべく己を磨けば良い。それだけのことだ。
俺は職人。(色んな意味で)(笑) この腕一本で生き延びてやる。
ラベル:退職
posted by 小川 at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

他人への無関心

通常、まぁ何年もやってると、下に若いモンがついて、そいつの面倒を見つつ教育しつつ、自分の仕事をこなすんですが・・・オイラ実は1人も育ててません。全部、潰してきた気がします。


えーと、2年目のときの彼は・・・正月明けにフェードアウト、3年目のときの彼と彼は、プロジェクト終了で退職、4年目の彼は・・・最初の数日だけで、その後俺が旅に出たのでノータッチ、5年目のときの彼は、プロジェクト終了で退職、去年と今年の新人はノータッチ。

原因に心当たりがないかというとそうでもなく、俺の『放置』『完璧主義』あたりがマズいのではないかと思うです。

『放置』は、まぁいつもどおり、「訊かれれば答える」というスタンスが、訊きにくい雰囲気をかもし出していたのではないかと思う。基本的に、オタクの巣食うゲーム会社においても、俺の性癖趣味は特殊で話の合わないヒトとはトコトン合わない。アニメ特撮、ガンダムやプラモなどには興味ないし、好きなゲームもレトロなゲームばかり。趣味の範囲での雑談ができないんだ。「最近どう?」「ボチボチです」のあとに会話が続かず、その続かない状態が居づらい。で、結局、用がなければ話しかけない、となってしまう。

『完璧主義』は、細かい部分にまで指導を行った部分が多すぎたのではないかと思う。とにかく、同僚に『小舅』と呼ばれる『細かい点に気づく』性格が災い。バグ出しから日本語まで、事細かに指導するスタンスは、ウザいんだろうなぁ。

とかなんとかで、一度、俺を育てた上司に相談したことがあるのですが、「小川くんは勝手に育った」という、俺個人としてはありがたい言葉を頂き、何の参考にもなりませんでした(苦笑) 何冊か本を買って実戦してみたりもしたのですが、性格的に合わないというか・・・その本のとおりにやるには、俺にストレスがかかってしょうがない状態になり、途中で挫折、そして放置、と。

彼らの退職理由については、俺は知るべきポジションにはいないのでまったく分かりません。あ、いや、1人、割と趣味が合った後輩と話をしたら、「教育施設がない」ということを理由に挙げていました。確かに、即刻実戦投入したし、メインプログラマを任せ − いや、今となっては「押し付けた」と言えるかもしれんが − それが過度な負担となったかもしれん。いつまでたっても物が上がらず、仕様削減に次ぐ削減。それでも彼の技術的には難しいことだったのかも。俺自身も、まったくフォローせんかったし・・・

まぁ、思い返せばダメなところはボロボロ思いつくわけですが、残念ながら性格ゆえ、これが変わらないんだ。しばらくたってから「あれ? またやっちゃった?」と気づくのが関の山。時すでに遅しで、手のつけられない状態。あーうー。どうにもならん。

俺個人としては、一人ぐらい弟子を育ててみたいと思う気持ちに変わりはない(リンク切れ)(※1)が、やっぱ難しいというか・・・どう振舞ったら良いか分からない。こればっかりは、どうにもならん。


その後、退職していった彼らがどうしているかは知る由もありませんが、プログラムを続けているか、あるいは、自分の望む職業に就いていてくれれば、とりあえず良いかな、と思ったりします。

誰に何と言われようと、例え誰に後ろ指さされようと、自分の信じる道を行ってくれればそれで良いかと。


(※1)
SEと記者,どちらが短命?

本文とタイトルは関係ない(笑
名選手は必ずしも名監督にはあらず
って言葉を思い出したよ(苦笑
俺は、名選手になりたいが、名監督になりたいとは思わない。
が、コーチとなって1人ぐらい、弟子を育ててみたいとは思う。
posted by 小川 at 00:46| Comment(2) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする