2008年09月04日

社長と食事に行ってきました。

オール巨人師匠に力を分けてもらった。


さて、退職を上司兼副社長に申し出てから、まぁ色々考えました。前に述べたように、情報が回ってこないことが退職を決意した最も大きな要因です。

逆に、『どうすれば満足するのか』ということを自問自答してみました。


第1に『決定事項の通達』です。まぁ、俺としては、これが為されていないために、ヘソを曲げたっつーところはあります。手元に残ってる最も古いモノとしては、04/09/02 03:03 のメールで、情報が回ってこないことに腹を立てて、それなりの役職のヒト(俺含む)全員にブチ切れメールを投げたことがあります。
俺の皮肉屋な性格もあって、回りくどく書いたのですが、それを理解してもらえなかったので、04/09/04 09:19 のメールを出しました。少しだけ抜粋。
しかし、もう述べたとおり、「会議室の問題」ではありません。
「ほうれんそう」の問題です。根底に流れる問題は、これ一つではないでしょうか。
この「ほうれんそう」の問題が解決すれば、今回の議論は終了するのではないでしょうか?
この後、俺も情報を知りうる立場になり、会議にも参加するようになりました。ただ、ここで得た情報を、下に伝えることはしませんでした。これは、俺の失策といって間違いない。反省。あぎぃあぎぃ。

第2に『決定に至った経緯』です。会議に参加するようになってほどなくしたとき、とある件についての議題を出しました。現時点では不平等である(と感じていた)から、私案を2つ考え、それを会議の場で出しました。俺の印象としては、『にべもなく却下された』でした。俺の案は、共産的だとか言われた記憶があります。俺は「どこが共産的なのか」まるで理解できなかったのですが、さっさと流されて次に行ってしまいました。その議題の件の現状ってのは、俺より上の人たちが頭悩ませて出した結論な訳です。俺の案は、その「俺より上の人たちが頭悩ませてるときにすでに破棄した案」なのかもしれませんが、俺はそんなこと知る由もありません。だって結論しか聞いてないんだもんよ。どういう案が破棄されて、どういう案とどういう案の折衷案として現状があるのか(すべて想像)、全然知らない訳ですよ。こりゃこっちとしてもどう疑問提示したら良いか分かんねーよ。

第3に『情報弱者からのフィードバック』です。これは、俺ができなかったこと。反省。(言い訳すると、上記の『にべもなく却下された』件以降、求められない限り自らの意見は言わなくなりました。意固地になってた。反省。)情報を受け取った側で、かつ、会社の経営・・・とまでは行かなくても、少しでも環境を良くしたい、と思うヒトは多いと思います。しかしながら、そういうヒトからのフィードバックは、ほとんどありませんでした。俺もしませんでした。プログラマの権利宣言ではないですが、「会社を変えることも、会社を変えることもできる」という考えが蔓延していたのは否めません。(前者は会社の方針を変えること、後者は転職することを指している。)フィードバックがないと、情報を流している情報強者としても面白くないのは明らかです。まぁ、やらなかった、できなかった俺が偉そうに言うのもナンですが・・・言うは易し行うは難しの典型。反省。


・・・ということで、先日、社長を食事に誘ってきました。

話の内容については、多くを語れませんが、『情報が共有されないこと』『決定に至った経緯が見えないこと』についてどう思っておられるか、色々話していただきました。俺としては、なんというか、モヤモヤの薄れる満足のいく話を聞くことができたと感じています。タクシー代8700円なんて、安いモンさね。

社長は、「ちょっとだけ離れたところにいるおかげで、新体制を客観的な目で見る余裕ができた」とおっしゃっており、それに伴い、私が提示した2点について、考えを述べていただきました。離れたところから見ているため、色々なことに気づくのだそうですが、あえてギリギリまで何も言わないようにしている、という興味深い考えを聞くことができました。曰く、『彼らに気づいて欲しい』だそうです。ひょっとしたら、望まない昇進だった俺のことも、そういう目で見ておられたのかもしれません。(それは訊かなかった。今書きながら思いついたから。)

もし、ここを見ておられる社員の方がいましたら、『なんとなく納得できない決定事項』が流れてきたら、『なぜそういう決定になったのか』を訊いてみてはどうでしょうか。少なくとも、社長は答えてくれると思います。お酒を呑ませて、少し砕けた雰囲気ですると、より効果的かもしれない。


ところで、社長を食事に誘うのは、凄く迷いました。辞めることを決めているヤツがメシ誘うなんてあるか? とか思ったり、罵倒されたりしたらどうしよう・・・とかウジウジ悩んでました。

しかし、オール巨人師匠に背中を押してもらいました。
以下は、Wikipediaからの引用です。
「最近は後輩とあまり食事が出来なくて寂しい。誰からも連れてってくれといってもらえない。時代かなぁ。」と「ヨシモト∞」(2006年8月9日)で語った。
これを読んで、社長に「食事に連れてってください」と誘うことができました。オール巨人師匠すごい。何もかも凄い。
ラベル:退職
posted by 小川 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

思い出と決意

入社1年目にもやらかした記憶があります。

冷静に考えてみると、このエントリは、あまりよろしくないエントリだったかもしれません。常識的に考えて「面と向かって言え」って言われて当然です。しかしまぁ、もうアップしてしまったので手遅れ。隠したほうが、より不自然。それこそチキンだわな。やらかしてしまったミスを隠し立てするのは良い結果にはならん。なんかグーグルの検索候補も面白いことになってたし。(関係ない)

1行目にも書いたとおり、会社への不満を世界中のヒトが見れる場所に書いた前科が、実はあります。

あれは2年目に差し掛かった頃のこと。

同僚が辞める辞めないでゴタゴタしてたときに、そのころ俺の抱えていた不満と彼の抱えていた不満をまぜこぜにして、世界中のヒトが見れる場所にブチまけたことがあります。見れるといっても、日本語知らないと変換できないようなURLで、だけど。(例:プロレス日記⇒pu60su.htm みたいな)

・・・でまぁ、上司兼副社長がそれを目にし、上司兼副社長と先輩に終電まで俺と同僚の不満を聞いてもらい、また、上司や先輩の話を聞いたりしました。残念ながら、話の内容はすでに覚えていませんが、俺がブチまけた不満の一部について、「それは申し訳ない」という言葉を頂き、なんだか溜飲が下がったような記憶があります。

さて、当時ペーペーとは言え曲がりなりにも俺はプログラマですから、全世界に公開するということがどういうことか、知らなかった訳ではありません。懲戒は覚悟の上でブチまけた訳ですが、結果として、懲戒などの処分は一切ありませんでした。聞いた話によると、上司兼副社長がことの子細を社長に報告し、穏便に済ませるよう根回ししたらしいです。

次の日だったか、社長から1通のメールを頂きました。内容については細かく触れませんが、少なくとも、俺のやる気が回復する内容であったことは確かです。あのメールは、今でも大切に保存してあります。


変わったのは会社なのか俺なのか、変わらなければならないのは会社なのか俺なのか、明確な解答を出せないのは分かってる。だがとりあえず、俺は1つの解答を出した。それだけは間違いない。

多くのヒトに支えられていたことは間違いない。ヒトを踏み潰して歩いていることも間違いない。たくさんの温情をかけて頂いたことも分かってる。

俺の今歩いている道、過去歩いてきた道が、間違っているとは思わない。たくさんの失敗を犯してきたが、それはいつか俺の道に繋がる。嫁の道、娘の道、会社の道にも繋がっている。それは間違いない。意地でも繋げる。

弱き者は去るべし。それが今回は俺だった。ならば、強くなるべく己を磨けば良い。それだけのことだ。
俺は職人。(色んな意味で)(笑) この腕一本で生き延びてやる。
ラベル:退職
posted by 小川 at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

他人への無関心

通常、まぁ何年もやってると、下に若いモンがついて、そいつの面倒を見つつ教育しつつ、自分の仕事をこなすんですが・・・オイラ実は1人も育ててません。全部、潰してきた気がします。


えーと、2年目のときの彼は・・・正月明けにフェードアウト、3年目のときの彼と彼は、プロジェクト終了で退職、4年目の彼は・・・最初の数日だけで、その後俺が旅に出たのでノータッチ、5年目のときの彼は、プロジェクト終了で退職、去年と今年の新人はノータッチ。

原因に心当たりがないかというとそうでもなく、俺の『放置』『完璧主義』あたりがマズいのではないかと思うです。

『放置』は、まぁいつもどおり、「訊かれれば答える」というスタンスが、訊きにくい雰囲気をかもし出していたのではないかと思う。基本的に、オタクの巣食うゲーム会社においても、俺の性癖趣味は特殊で話の合わないヒトとはトコトン合わない。アニメ特撮、ガンダムやプラモなどには興味ないし、好きなゲームもレトロなゲームばかり。趣味の範囲での雑談ができないんだ。「最近どう?」「ボチボチです」のあとに会話が続かず、その続かない状態が居づらい。で、結局、用がなければ話しかけない、となってしまう。

『完璧主義』は、細かい部分にまで指導を行った部分が多すぎたのではないかと思う。とにかく、同僚に『小舅』と呼ばれる『細かい点に気づく』性格が災い。バグ出しから日本語まで、事細かに指導するスタンスは、ウザいんだろうなぁ。

とかなんとかで、一度、俺を育てた上司に相談したことがあるのですが、「小川くんは勝手に育った」という、俺個人としてはありがたい言葉を頂き、何の参考にもなりませんでした(苦笑) 何冊か本を買って実戦してみたりもしたのですが、性格的に合わないというか・・・その本のとおりにやるには、俺にストレスがかかってしょうがない状態になり、途中で挫折、そして放置、と。

彼らの退職理由については、俺は知るべきポジションにはいないのでまったく分かりません。あ、いや、1人、割と趣味が合った後輩と話をしたら、「教育施設がない」ということを理由に挙げていました。確かに、即刻実戦投入したし、メインプログラマを任せ − いや、今となっては「押し付けた」と言えるかもしれんが − それが過度な負担となったかもしれん。いつまでたっても物が上がらず、仕様削減に次ぐ削減。それでも彼の技術的には難しいことだったのかも。俺自身も、まったくフォローせんかったし・・・

まぁ、思い返せばダメなところはボロボロ思いつくわけですが、残念ながら性格ゆえ、これが変わらないんだ。しばらくたってから「あれ? またやっちゃった?」と気づくのが関の山。時すでに遅しで、手のつけられない状態。あーうー。どうにもならん。

俺個人としては、一人ぐらい弟子を育ててみたいと思う気持ちに変わりはない(リンク切れ)(※1)が、やっぱ難しいというか・・・どう振舞ったら良いか分からない。こればっかりは、どうにもならん。


その後、退職していった彼らがどうしているかは知る由もありませんが、プログラムを続けているか、あるいは、自分の望む職業に就いていてくれれば、とりあえず良いかな、と思ったりします。

誰に何と言われようと、例え誰に後ろ指さされようと、自分の信じる道を行ってくれればそれで良いかと。


(※1)
SEと記者,どちらが短命?

本文とタイトルは関係ない(笑
名選手は必ずしも名監督にはあらず
って言葉を思い出したよ(苦笑
俺は、名選手になりたいが、名監督になりたいとは思わない。
が、コーチとなって1人ぐらい、弟子を育ててみたいとは思う。
posted by 小川 at 00:46| Comment(2) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする