2009年07月03日

無視はバカの証?

『無視』というより『無反応』が適切かなぁ。


今更だけど、チベット事件のまとめガイドラインを流し読みした。

中立的視点から事実だけを抽出して書いてくれる人には、本当に頭が下がる。知らなかった情報や気がつかなかった意図など、色々な物が見えてくる。(コレとかも。)この調子で、誰かが、安倍・福田・麻生の実績と失敗、小沢・鳩山の実績と失敗を列挙してくれるサイトがあると嬉しいんだけどなー。

おっと閑話休題。

んで面白かったのは、反戦・人権団体の動き宗教団体の動き有名人や個人の動き。それぞれの対応が面白い。

概ね
  1. 正確な情報を把握できないのでコメントできない。(平和省プロジェクトJUMPなど)
  2. 内部にも色々な意見があるのでコメントできない。(九条の会など)
  3. メール送るも無反応
  4. ウチ(の団体)がコメントする必要ないでしょ。(創価学会本部、聖教新聞社(※共にソースは2ch))
  5. 特に何も発表しない。(高野山平和を実現するキリスト者ネットなど)
  6. 中国に対話を望む。(全日本仏教会志位共産党委員長など)
  7. チベット支持or中国非難。(日光修験道マガジン9条のデスク
と、こういうカンジに分かれそうだ。

1と2は、個人的にはもっと多いと思っていた。特に1については、まったくもってその通りであると思う。現実に虐殺が報道され、現実に中国が情報統制を敷いていて、現実にダライ・ラマが何か言っている。だが、一番最初に何が起こったのか、どちらが口火を切ったのか、きっかけは何だったのか、そのソースは信頼できるのか。考えなければならないことはたくさんある。俺個人としての立場も、1に近い。

2については、寄せ集め乙、としか言いようがない。3、4の反応よりはマシだが、内部がグダグダであることが分かる。

4はひどい。確かにコメントする必要はない。だが、無反応という対応が宗教団体や新聞社(?)の取る対応だろうか。建前でも良いから、1なり2なりの反応をするほうがまだマシだ。

5については、如何ともしがたい。おそらくだが、1か2のいづれかの事情があって発表していないのか、あるいは、メールは来ていないが3や4と同じ対応なのかもしれない。

6については、真っ当な行動だと思う。強者のほうに停戦を呼びかけるというのは間違っていない。

7については、6のアレンジ行動。孤立孤立詐欺じゃないが、中国を世界的に孤立させるべく様々な行動を行うのは悪くない。ただし、北朝鮮やアルカイーダのように開き直るという手を打たれることもある。開き直られた場合、完全に粉砕するぐらいしか手だてが無いように思う。


さて、興味深いのは3だ。

まとめWiki管理人は、日本にある数々の平和団体、右より団体、左より報道機関にメールで連絡を取ったようだが、ことごとく無反応。平和平和叫んでる団体が、メールに対して何の意思表示もしないとな? 最低でも4、今後の活動に支障をきたさないようにするならば1ないし2と反応しておくだけで印象は違ってくると思うのだが。89もある『平和人権団体』のうち、『無視』となっているのは67団体(意訳含む)。75%の『平和人権団体』が無視ってのは看過できない。まぁ、核問題を中心に扱っている団体はともかく、『戦争反対』『九条万歳』の団体は、訊かれた以上、何かしら表明しないとマズいっしょ・・・ こんなに日本マスコミが取り上げていたのに。

個人のブログなどでは「1つ1つの案件になんか対応できない(意訳)」というような話もある。(チベット話ではないが。)当時は、至極真っ当な返答だと思っていたが、今は「ちょっと違うな」と思う。少なくとも、1なり2なりの反応を返すのがベターなのではないかと思う。例に挙げたM.FUKUSHIMAさんの反応は、4に見えるので、ちょっと印象が悪い(※意図して印象の悪い場所を選んだわけではなく、探したらたまたまみつかっただけです)。もちろん、M.FUKUSHIMAさんの指摘されておる
「書いたことは有限だが書いてないことは無限にある」
は真理だと思う。ただし、その無限にある書いていないことに対してツッコまれたときの対応は、ダメダメに感じる。繰り返しになるが、せめて1の反応を返しておくのが無難だったと思うのだが、どうだろうか。

(一応書いておくが、ブラックボックステスターさんの唐突なツッコミも、M.FUKUSHIMAさんの返答も、共感できない。人のこと言えないけど、攻撃的な人達だな、と思う。)


まとめると、
  • 「書いてないことは無限にある」ので、まずは「書いていないことについてどう思われますか?」と問う。
  • それに対して、決して無視はせず、自分のスタンスを明確に発表しておく。
  • スタンスとは、「賞賛」「非難」以外にも「分からない」「一次ソースが見つからない」「あとで調べる」などでも良い。
  • その後、自分(の主張)に都合の良い話ばかりしていると、バカだと思われる。
こんなところだろうか。

なお、サンプル(ていうのかな)として参照させて頂いたブラックボックステスターさんにもM.FUKUSHIMAさんにも恨み辛みなどはありません。上から目線のような言動にて失礼ですが、両氏のその他のエントリを見ても、100%共感できる程面白いという訳でもなく、かといって唾棄すべき程意味のない文章ということもありません。玉石混合、時としてハッとさせられることもあり、クダラン主張なこともあり、という印象です。(もちろん、俺のチラ裏もそう。)えーと、平たく言うと、「怒んないでネ★ テヘ♪」ということです。手遅れか。ダメか。


あと、個人的に思うのは、共産党は個々の案件に対して的確な返答を返しているといつも思う。共産主義には賛同できないが、この的確な返答を返す技術は凄い。
posted by 小川 at 18:07| Comment(20) | TrackBack(1) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 リファレたどってきました。失礼かもしれませんが、一応いいわけしておきますね。
>「書いてないことは無限にある」ので、まずは「書いていないことについてどう思われますか?」と問う。
 これはそのとおりだと思いますよ。私もそう聞かれたのなら、それなりの回答は返したと思います。ただ現実にはそう聞かれたわけではなく、書いてないという事実を問答無用で非難調子で書かれたのですから、攻撃的になるのもやむをえないと思いますが。また、かの人に対してはその前のやりとりがあり、まともな対応をしても決してまともに帰ってこないという印象がありました。

>その後、自分(の主張)に都合の良い話ばかりしていると、バカだと思われる。

 自分の主張に都合の良い話とあっさりいいますが、都合がいいとはどういうことですか? 取り上げられた例から言えば、そもそも橋下氏非難と大阪市長のことが、どう結びつくかすら、私にはさっぱり分かりませんが。もちろん、府と市のそれぞれの長という単純な結びつき以外のものです。
 また、「自分の主張に都合の良い話」というもの自体、受け手の印象に過ぎない可能性も多々あるのではないですか?  もちろん、本当に書き手が悪い可能性も否定しはしませんが、受けての方にも自覚が必要でしょう。
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月06日 00:33
 結論としてどちらでしょう。ブログの記事それ自体については、書かないものがあってもいいと考えておられると受け取ってよろしいでしょうか? それとも何もかもを記事に取り上げる必要があるとお考えですか?
 後者であるのなら、私があなたに申し上げることは「そんなことは不可能です」としか返せません。
 前者であるなら、あなたの主張は私の主張と同様であるとしか思えません。きちんと聞かれたのなら、こちらも当然回答をしますよ。私としては、ブラックボックステスター氏の手法をマネして回答をしただけなんですがね〜。結局突っ込み方が問題なのでは?
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月06日 00:45
初めまして。引き合いに出してスミマセン。たまたま見つけただけで、悪気は無いのです。あと、リファラ辿っていただいてありがとうございます。TBは失敗するのです。Livedoor Blog、XREA.COM、エキサイトブログ、そしてtrackback Blogに続いて5つ目です。

> ただ現実にはそう聞かれたわけではなく、
> 書いてないという事実を問答無用で非難調子で書かれたのですから、
> 攻撃的になるのもやむをえないと思いますが。
私は、『やむをえない』とは思いませんでした。カチンと来るお気持ちは分かりますが、たとえ相手が挑発してきても、それを躱すなり論理的に論破するほうが、読者は「おお、うまくかわしてるな。おもろいな。」と思うのではないでしょうか。挑発のしあいは、議論を追っかける側にしてみれば「こいつら何やってんだ? 何の話? 何を主張してんの?」ぐらいにしか感じません。ひいては、読むのをやめてしまいます。(例:http://ogawa-sankinkoutai.seesaa.net/article/106319243.html

> かの人に対してはその前のやりとりがあり、
> まともな対応をしても決してまともに帰ってこないという印象がありました。
それは存じませんでした。悪印象の上での、件の返答ということであれば、それはお気持ち、お察しします。

> 自分の主張に都合の良い話とあっさりいいますが、
> 都合がいいとはどういうことですか?
まとめの部分は、別にM.FUKUSHIMAさんのことだけを指している訳ではありません。俺なりの結論としてまとめています。あえて具体例を出すなら、75%の平和人権団体でしょうかね。大阪府知事の話と大阪市長の話は、私は知らないし興味も無いのでなんともお答えのしようがありません。

> 「自分の主張に都合の良い話」というもの自体、
> 受け手の印象に過ぎない可能性も多々あるのではないですか?
> もちろん、本当に書き手が悪い可能性も否定しはしませんが、
> 受けての方にも自覚が必要でしょう。
受け手にそのような印象を与えた時点で、書き手が悪いと私は思います。受け手に誤解されぬよう、書き手が言葉を紡げば良いのだと思います。

脱線しますが、『バカの壁』は言い訳だと思います。しかし『キティさんの壁』は確実にあると感じます。『キティさんの壁』をどこで引くか、これまた読者としては読み続けるかやめるかの判断基準となると思います。『キティさん』に『受け手の自覚』なんぞ持てようがありません。それ以外の場合、『書き手が悪い』と思います。(※念のため。キティさんとは、キチガイさんのことです。)

> 結論としてどちらでしょう。
まとめに書いてあるとおりです。批難対象に挙がる例を挙げますと、
1.書き手:戦争はんたーい。世界に平和をー。
2.読み手:チベット問題どう思いますかー?
3.書き手:(返事がない)
4.読み手:(あれ? 反対しないのかな・・・)
5.書き手:日本もアメリカも、イラクを攻撃するなー。
とかいう場合です。

> 私としては、ブラックボックステスター氏の手法をマネして
> 回答をしただけなんですがね〜。
2段落目にも書きましたとおり、無用な行為だと私は思うのです。
Posted by 小川 at 2009年07月06日 03:20
念のため。

管理人、平和人権団体にメールする。

75%の平和人権団体、チベット問題無視

せめて回答しろよ・・・ベスト回答は6や7だけど、1でも悪くない。2や4は・・・。無反応よりはマシだけど。

4の例。ブラックボックステスターさんと、M.FUKUSHIMAさんの話。両者とも、なんで挑発的なのさ。

という流れで、別に両氏をバカだと罵っているわけではありません。あくまで最悪なのは3の対応で、それに比べれば4はマシだけど、・・・でも4もどうよ、というお話です。
Posted by 小川 at 2009年07月06日 03:25
前言(別に両氏をバカだと罵っているわけではありません)撤回。

http://blog.goo.ne.jp/sw-tester/e/3ba738990eeb41c1f13859e03fbb6edd
のコメント欄にたどり着きました。読んだら、どっちもバカに見えてきました。

私の1つ目のコメント欄に上げた過去エントリ
http://ogawa-sankinkoutai.seesaa.net/article/106319243.html
からの引用。
----引用開始----
なんでそんなケンカ腰だったりレッテル貼りだったり挑発したり逆撫でしたりしてるんですかね。そんなんで議論が深まったりするとはとても思えないんだけど。
----引用終了----
Posted by 小川 at 2009年07月06日 12:37
 コメントに対する返答ありがとうございます。
>たとえ相手が挑発してきても、それを躱すなり論理的に論破するほうが、
 基本的には同感なのですが、そもそも論理が通じない相手が現実にはいっぱいいるなというのが実感。もともと論理が通じない相手とはいくら議論をしてもむだです。ブラックボックステスター氏とはそもそも議論を深めるつもりはまったくありません。私がけんか腰なのは、ある程度売られたけんかを買ったにすぎません。はっきり言いますが、私は人格者などではないですよ。最初からケンカ越しでくる相手に対してまともに取り合うつもりはそもそもありません。その態度をバカだとおっしゃるなら、それも結構。あなた個人の評価として聞いておきましょう。ただ、バカという言葉を使う自体、あなたもずいぶん挑発的なのだと思いますが。ちなみに、私自身は慎重にそうした直接的な言葉を使うことは避けたつもりです。まぁ、悪意まるだしなのは認めますが(笑)。
 それから、私は本文にはきちんとブログにとりあげない理由も書いているはずなのですが。情報は持ってないと。表現に悪意があるという評価自体は、意図的に悪意のある表現をまねたのだから認めますが、回答としては私は1のはずです。それなのにあなたがわたしの文章から書いた意訳は、完全な曲解に思えますが。個人が対応できないと書いたのは、あくまでもブログに全記事を取り上げることが不可能であるということであって、質問への対応が不可能などとは一切書いた覚えがありません。自分の主張に都合のいい話を取り上げているのは、あなた自身ではないですか?

>受け手にそのような印象を与えた時点で、書き手が悪いと私は思います。受け手に誤解されぬよう、書き手が言葉を紡げば良いのだと思います。
 私個人としては、書き手として他人に誤解を与えたこともあれば、他人の言葉を誤解することもしょっちゅうです。書き手が千差万別であるように、受けても千差万別です。一方的に書き手が悪いと決め付けるのは、単なる受け手の傲慢です。あなた自身を振り返ってみてくださいな。今まで一度も人の意図を誤解したことはないのですか? そもそも、書き手が一方的に悪くなるなら、国語のテストってまったく意味がなくなりますよね。たとえ間違っても、> 結論としてどちらでしょう。

>まとめに書いてあるとおりです。批難対象に挙がる例を挙げますと、
 私は「結論としてどちらでしょう」として、ふたつの候補を上げて質問したはずですが。それなのにその二つ以外の答えを返されたのでは、私の質問に対する答えにはなっていないと思うんですが。とりあえずは人の書いたことをそのまま受け取るべきなのではないですか? これも、受け手にそういう印象を与えたのだから書き手が悪いということになるのですか? 1か2かと聞かれて3と答えるような状況で、それでも書き手が悪いのですか?

 最後に、あなたは平和人権団体が回答をしないことを憤っておられるようですが、それが悪いことなのですか? そもそも質問をされたからといって、回答する義務があるわけではないでしょう? 回答してくれた団体があるわけですが、それは相手の善意から必要もないのに手間をかけてくれたということです。むしろ回答はなくて当たり前。それを憤るのは筋違いでしょう。少なくとも、問い合わせる側はそのくらいの気は使って問い合わせるべき話です。また、回答がないからと言ってその理由は千差万別。その理由も突き詰めずに一律非難をするのは、公平さを欠く行為だと、私は思います。

 以上、私の文章の中であなたの文章に対してまちがった理解がありましたら、それは私にそういう印象を与えたあなたが悪いということでよろしいんですよね?
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月07日 01:09
一点誤植を訂正します。
「> 結論としてどちらでしょう。」→「作者が悪いということですみますから。」と読み替えてください。失礼しました。
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月07日 01:13
長すぎて怒られた(;´Д`) 2つに分かれています。

> もともと論理が通じない相手とはいくら議論をしてもむだです。
そうですね。仰るとおりです。私が『キティさんの壁』と表現した部分ですね。

> 私がけんか腰なのは、ある程度売られたけんかを買ったにすぎません。
> はっきり言いますが、私は人格者などではないですよ。
> 最初からケンカ越しでくる相手に対してまともに取り合うつもりはそもそもありません。
なるほど。売られた喧嘩を、躱すなり論破するなりせず単純に買ってしまうのは、バカな行為だと私は思います。(売った方も同様にバカだと思いますが。)その考えに変わりはありません。

> その態度をバカだとおっしゃるなら、それも結構。あなた個人の評価として聞いておきましょう。
> バカという言葉を使う自体、あなたもずいぶん挑発的なのだと思いますが。
私は『キティさんの壁』がどこにあるかを見極めて、読者になり続けるかどうかを判断するだけです。もちろん逆に、読者が、私のチラ裏を読んで挑発的と思うも思わないも、またそのことを糾弾するしないも、これまた読者の自由です。

> 表現に悪意があるという評価自体は、
> 意図的に悪意のある表現をまねたのだから認めますが、
> 回答としては私は1のはずです。
『表現に悪意があるから4だ』と申しております。創価学会本部、聖教新聞社の回答も同様です。「『意図的に悪意のある表現』の時点で1にはなり得ない」というのが私の主張です。

> 質問への対応が不可能などとは一切書いた覚えがありません。
> > > 「書いたことは有限だが書いてないことは無限にある」
> > > 平松大阪市長とか同和利権のこととか、ほとんど知らないな〜(笑)
・書いてないことは無限にある。(小川:そのとおりだ。)
・大阪市長とか同和利権のことは知らない。(小川:あぁ、知らないんだな。)
・ほとんど知らないな〜(笑)(小川:あぁ、知る気もないんだろうな。)
 ↓
・(小川:つまり、「知らない1つ1つの案件には対応できない。なぜならば、知らないんだから。」てことだよな。)
と理解した訳です。ちなみにここまでの主張展開を、少し前まで私は、1だと思って同意しておりました。しかし、今読むと、これは1じゃなくて4だな、と主張しているのが本文です。

> 一方的に書き手が悪いと決め付けるのは、単なる受け手の傲慢です。
先述したとおり、通じなければそれは書き手の問題であるという考えに変わりはありません。受け手は、「おかしいな」と感じれば、そこで書き手に根掘り葉掘り訊くなりすれば良いわけです。現に、ここでもこうやって(槍玉に挙げたエントリの)書き手であるM.FUKUSHIMAさんに受け手の私が、またこのエントリの書き手である私に受け手であるM.FUKUSHIMAさんが、それぞれ色々質問・主張し、議論が深まっておるではないですか。現実でも、言ってる意味が分からなければ大なり小なり議論という形になるでしょう。議論になるには、まず書き手が何かを主張しないと始まりません。それに対して受け手が、反論なり同意なり確認質問なりをするわけです。書き手ありきなのです。勿論理想は、一発で通じることです。それができなかったのは、書き手の力不足な訳です。槍玉に挙げましたエントリでのブラックボックステスターさん(最初の書き手)も、M.FUKUSHIMAさん(それを受け手として読んだ後のご自身の主張の書き手)も、そして、このエントリでの私(両者の文を受け手として読んだ後の、私自身の主張の書き手)もです。

> 書き手が一方的に悪くなるなら、国語のテストってまったく意味がなくなりますよね。
10 年以上前のことなのであまり覚えていませんが、国語のテストは、読解力の未熟な子供に読解力をつけさせるための勉強ではないでしょうか。つまり、受け手としての力を底上げするためのものです。『議論の場に上がるための力を身につけるモノ』だと思います。『教育』ですから『議論』と同じ俎上で語れるものではありません。

> 作者が悪いということですみますから。
いえ、済みません。自分の主張を付け加えなければなりません。もっとも、自分の主張を付け加えた結果、先生が点をくれるかどうかは、まったくの別問題になりますけどね。『教育』ですから。
Posted by 小川 at 2009年07月07日 04:26
> 私は「結論としてどちらでしょう」として、ふたつの候補を上げて質問したはずですが。
> それなのにその二つ以外の答えを返されたのでは、
> 私の質問に対する答えにはなっていないと思うんですが。
どちらでもありません。そのような極論の質問にはお答えできません。なぜなら、どちらも決して間違いではないからです。このエントリの先頭にもありますとおり、私はチベット問題にはあんまり関心がありません。記事にしたのは今回が初めてです。これはすなわち前者だったということですね。一方で、訊かれたことに対しては何かしらの反応を返すべきです。それは『分からない』『一次ソースが見つからない』『あとで調べる』も含まれます。しかし、無視はアウトだと思います。これはすなわち後者です。以上から、どちらか1つだけを選ぶことはできません。

> とりあえずは人の書いたことをそのまま受け取るべきなのではないですか?
> これも、受け手にそういう印象を与えたのだから書き手が悪いということになるのですか?
> 1か2かと聞かれて3と答えるような状況で、それでも書き手が悪いのですか?
今回のM.FUKUSHIMAさんの質問されたケースに限定して言うと、前の段落で述べた反論から、「どちらか1つだけを選ぶことのできない質問をした書き手(すなわち、M.FUKUSHIMAさん)」が悪いと思います。

> そもそも質問をされたからといって、回答する義務があるわけではないでしょう?
> 回答してくれた団体があるわけですが、
> それは相手の善意から必要もないのに手間をかけてくれたということです。
> むしろ回答はなくて当たり前。
えぇ、義務は無いと思います。しかし人が生きていく上で、「質問者を無視する」という態度がどのように受け取られるでしょうか。もちろん、質問者の態度にも依りますが、好意的に受け取られることはあまり多くないと思います。しかし、無用な詮索、陰謀論などを防ぐためには、団体として、質問者の態度にイラッと来ても、それを堪えて回答をしておくのが無難だと思う、と私は主張しております。ましてや今回の場合、チベット人の人権が蹂躙されておる(らしい)わけです。一市民には何もできませんが、『平和人権団体』なら! と思うわけです。ところが肝心の『平和人権団体』に『中国のチベット人虐殺』を『どう思いますか? どういうスタンスですか?』と訊いた結果、それが無反応である、と。私は彼らの行動に疑問を感じてしまいます。先述したとおり、書き手ありきなのです。書き手が何も書いてくれなかったら、読み手はどうすることもできないのです。書き手が何も書いてくれない以上、こう判断せざるを得ません。『75%の平和人権団体』は、『中国のチベット人虐殺』について触れられると『無反応』である、と。

> 私の文章の中であなたの文章に対してまちがった理解がありましたら、
> それは私にそういう印象を与えたあなたが悪いということでよろしいんですよね?
議論の場では当然そうです。少なくとも人様を槍玉に挙げて批判するのであれば、きちんと言葉を選んで、論理を展開し、槍玉に挙げた方および読者に賛同を得られるべく努力するのが、人として正しい姿でしょう。M.FUKUSHIMAさんに納得してもらえないということは、それは私が未熟であるからであり、私の書き手として文章力が悪い、足りないということに相違ありません。「精進せねばならん」と深く反省するばかりです。
Posted by 小川 at 2009年07月07日 04:27
>・(小川:つまり、「知らない1つ1つの案件には対応できない。なぜならば、知らないんだから。」てことだよな。)
と理解した訳です。ちなみにここまでの主張展開を、少し前まで私は、1だと思って同意しておりました。しかし、今読むと、これは1じゃなくて4だな、と主張しているのが本文です。

 なるほど。これについてはあなたの意図自体は分かってきました。ただし、あなたが最初にあげた7つの例から、1か4かを区別するのは不可能だと思います。あなたの表現からだと、1→返答しない理由を述べている 4→返答を拒否としかとれませんね。ただ、あなたのおっしゃるような区分であるなら、確かに私は4ですね。しかしそのことについては、相手次第で同じような対応をこれからもとる可能性があることは、公言しておきます。

>先述したとおり、通じなければそれは書き手の問題であるという考えに変わりはありません。
 これには賛成できかねますね。現実に私は、あなたが書き手であり私が受けてだったとき、それが通じなかった場合、その理由を吟味して、自分の方に非があると判断すれば謝罪します。私のスタンスとすれば、自分が書き手になる場合は書き手が悪いかどうかを考え、自分が受けての場合は受け手が悪かったかを考えます。書き手として書き手の非を考えず、受け手として受けての非を考えない姿勢は、私はやはり、傲慢であり、無責任であると思います。「受け手は、「おかしいな」と感じれば、そこで書き手に根掘り葉掘り訊くなりすれば良いわけです。」とおっしゃいますが、残念ながら現実には、単なる非難を浴びせるだけの反応も多いものです。ことに今回話題にしている「自分(の主張)に都合の良い話」についてなど、一方的に「偏っている」というレッテルを貼られるだけのケースが多いと思いますが。

>国語のテストは、読解力の未熟な子供に読解力をつけさせるための勉強ではないでしょうか。つまり、受け手としての力を底上げするためのものです。『議論の場に上がるための力を身につけるモノ』だと思います
 そのとおりです。ある意味いい言葉を使ってくれたと思うのですが、「受け手としての力」というものが必要であるなら、まさしく書き手だけに責任があるというわけではないということではないですか? 書き手には書き手としての力が要求され、受け手には受けてとしての力が要求される、けっして片方の力だけで議論が成り立つわけではないはずです。

>どちらでもありません。そのような極論の質問にはお答えできません。なぜなら、どちらも決して間違いではないからです。
 まず、「そのような極論の質問にはお答えできません」というのなら、最初にそう回答していただければよかったのではないですか? 2択の答えに対して、別の3という答えを持ち出して回答する理由はまったくないと思いますが。
>一方で、訊かれたことに対しては何かしらの反応を返すべきです。
 ここが大いに誤解があると思うのですが、私個人の場合、別にブラックボックステスター氏からなにも訊かれてはいないのですよ。あなたのところと同じようにリファを辿ってみたら、私のブログに対する一方的な批判があり、それに対抗して、こちらも一方的に反論の記事を載せたわけです。あの人はこちらにわざわざ知らせずに批判記事をのせますからね。言ってみれば、訊かれないけれども自主的に相手の言葉に反応を返したわけです。ですから、私の記事及び私の挙げた2択は「訊かれた場合」のことはまったく想定していません。
 また、2択の意味をあなたは誤って捉えていますね。通常、どちらも正しいようなことを2択にすると思いますか? 当然、私は両立しないことを2択として挙げたつもりです。繰り返しますが、訊かれたときのことなど私は想定していません。あなたのブログに、この世のあらゆる事象を記事として載せなければならないと思うか否かということです。

>『75%の平和人権団体』は、『中国のチベット人虐殺』について触れられると『無反応』である、と。
 違うと思いますね。あくまでもまとめWIKI管理人の問い合わせに無反応という事実が分かるだけです。その75%の平和人権団体も、新聞社からの問い合わせには回答を返したかもしれません。通常、そういう団体に1個人がメールをして反応をもらえるものでしょうか? また、独自に見解を発表した団体もあるかもしれません。
 ちょっと極端かもしれませんが、不言実行を貫こうとする団体もあるかもしれません。
 もちろん、私が挙げたのはあくまでも可能性に過ぎません。ですが、一つのサイトの情報だけで判断するのは危険であることは事実だと思いますね。

>M.FUKUSHIMAさんに納得してもらえないということは、それは私が未熟であるからであり、私の書き手として文章力が悪い、足りないということに相違ありません。「精進せねばならん」と深く反省するばかりです。
 そうでしょうか? このあなたの発言の前提には「私の意見は正しい」という前提がなければ成り立たない話ですね。別にあなたの意見が間違っているといいたいわけではありません。すべてを書き手の文章力のせいにするのはいかがなものかということです。また、議論は大勢で作り上げるもの。決してあなたの一方的な発信からなりたつものではありません。受け手だって立派な議論の参加者です。受け手にだって相応の責任があるでしょう。書き手にすべての責任があるというのは、それはそれでまた、書き手の傲慢です。
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月08日 02:16
 ちょっと長くなりました。すみません _(._.)_
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月08日 02:17
まず始めに、私とM.FUKUSHIMAさんとの立ち位置の違いが分かってきました。とてもこのような議論ができることが嬉しく、また楽しいです。内容を(勝手に)いくつかに区切りました。引用順が変わります。ご承知の程を。

> ちょっと長くなりました。すみません _(._.)_
どうぞお構いなく。私も分割するぐらい長いですから(苦笑

> 相手次第で同じような対応をこれからもとる可能性があることは、公言しておきます。
それはそれで結構だと思います。私はそれを「バカだ」と思い、M.FUKUSHIMAさんは「相手次第で同じような対応をこれからもとる」という立ち位置、ということですね。互いにそれで譲らないならば、今はそれで良いと思います。(私の考えがいづれ変わるかも知れないし、またM.FUKUSHIMAさんにしても同様です。)

●本題の平和人権団体の対応の話。
> 通常、そういう団体に1個人がメールをして反応をもらえるものでしょうか?
> 新聞社からの問い合わせには回答を返したかもしれません。
本文にも書きましたが、私は『今後の活動に支障をきたさないようにするならば1ないし2と反応しておくだけで印象は違ってくると思う』と考えております。放っておいても毎日何十というデモテープが届く音楽事務所なら無視するのが普通でしょうけども、賛同者を増やして世に平和を伝えたい草の根団体ならば、一つ一つ丁寧に対応するのが普通だと思います。マーケティングの知識がある方が団体内にいるならば、口コミというものの怖さ・凄さを知っておるはずです。ましてや、大企業様から質問された答えるけど、個人からの質問は黙殺、なんてことしたら、余計に印象が悪くなるでしょう。

> ちょっと極端かもしれませんが、不言実行を貫こうとする団体もあるかもしれません。
webサイトで主張を行っている時点で、『不言実行』とは呼べません。

> ですが、一つのサイトの情報だけで判断するのは危険であることは事実だと思いますね。
まとめWikiの管理人が嘘吐きならば、調べれば出てくるハズです。しかし、そのような情報は見当たりませんでした。また、念のため、いくつかの団体のサイト内を探してみましたが、特段、まとめWikiの管理人の情報に誤りは見あたりませんでした。『まとめWikiの情報』『まとめWikiがデマという情報は無い』『いくつかの平和人権団体のサイト』以上3点を持って、判断した次第です。まぁ、それを本文に書いていなかったのは、私に問題がありますね。以下例。短縮URLになってますが、全部Googleです。

9条ピースウォーク(目的:憲法9条の崇高な理念を世界の秩序として広めること)
http://bit.ly/gOaOR
ピースウォーク京都(目的:平和を求めるピースウォークと意見交換の語り合い、その他の企画)
http://bit.ly/hhosD
不戦のネットワーク(目的:名古屋を中心に平和・人権について考え、行動)
http://bit.ly/D6c5H
女たちの戦争と平和人権基金
(目的:女性の人権の確立と平和の活動を推進し、もって社会全体の利益の増進と発展に寄与すること)
http://bit.ly/3RQwAi
YWCA(目的:女性や子どもや高齢者など、弱い立場におかれている人たちの力を取り戻すNGO)
http://bit.ly/N86xU
YMCA財団(目的:平和で公正な社会の実現を目指す運動であり組織)
→反応あるも公式見解ではない模様?
http://bit.ly/F6FYf
長崎市平和・原爆総合ページ(目的:核兵器廃絶と恒久平和の実現を世界に訴え続けていきます)
http://bit.ly/98Vk2
沖縄平和ネットワーク(目的:“生活者”として平和運動に関わり続けたいと思う人々が集える場)
http://bit.ly/SmXd7

●議論、および、書き手・受け手の話
> 現実に私は、あなたが書き手であり私が受けてだったとき、
> それが通じなかった場合、その理由を吟味して、
> 自分の方に非があると判断すれば謝罪します。
> 私のスタンスとすれば、自分が書き手になる場合は書き手が悪いかどうかを考え、
> 自分が受けての場合は受け手が悪かったかを考えます。
うーむ。互いの自分の立ち位置は出てしまったので、平行線ですねぇ。

> 残念ながら現実には、単なる非難を浴びせるだけの反応も多いものです。
> ことに今回話題にしている「自分(の主張)に都合の良い話」についてなど、
> 一方的に「偏っている」というレッテルを貼られるだけのケースが多いと思いますが。
これは、経験の違いがあるのでしょうね。私は、一方的にレッテルを貼られたケースは、r_westさんという方とWinnyについて議論したときぐらい(※後述)で、それ以外では(実生活でも)特に経験した記憶がありません。ゆえに、私の経験上、『レッテルを貼られるだけのケースが多い』ということは感じたことがありません。まぁ『非難を浴びせるだけ』『レッテルを貼られるだけ』であるにせよ、浴びせられた側、貼られた側が「書き手に根掘り葉掘り訊くなりすれば良いわけ」です。そこでプツンと来たところで話は前には進まないでしょう。もっとも、『相手次第で同じような対応をこれからもとる可能性がある』と公言されておられますので、(双方に)進める気がないのならば、それは私がどうこうできる問題ではないですな。ただ、先述したとおり私はそれを「バカだ」と思います。『単なる非難を浴びせる』『レッテルを貼る』ほうも、またそれに対して『売られたけんかを買った』ほうもです。以前参照しました
http://ogawa-sankinkoutai.seesaa.net/article/106319243.html
も同様のケースです。ここでは直接的に「バカ」とは言ってませんけどね。この頃はきっと大人だったのです(笑
Posted by 小川 at 2009年07月08日 14:07
●議論、および、書き手・受け手の話つづき
> 「受け手としての力」というものが必要であるなら、
> まさしく書き手だけに責任があるというわけではないということではないですか?
いえいえ、
> > 読解力の未熟な子供に読解力をつけさせるための勉強
> > 『議論の場に上がるための力を身につけるモノ』
> > 『教育』ですから『議論』と同じ俎上で語れるものではありません。
なので、議論をするレベルに達していないものです。書き手の責任とか読み手の責任とか、そんなことを言うレベルに達していない状態なのです。

> 書き手には書き手としての力が要求され、
> 受け手には受けてとしての力が要求される、
> けっして片方の力だけで議論が成り立つわけではないはずです。
> 決してあなたの一方的な発信からなりたつものではありません。
> 受け手だって立派な議論の参加者です。
受け手が議論の参加者になるには、『受け手』が『書き手』となり疑問を投げかけねば始まらないと思います。・・・もしかしたらと思ったので書きます(これまでは書いていませんでした)が、私は『議論する以上、受け手にある程度の受ける力があるのは当然』だという前提で話を進めています。ですから、
> けっして片方の力だけで議論が成り立つわけではないはずです。
というニュアンスの主張はしていないつもりでした。伝わっていなければ、これは『書き手』としての私の問題です。前述した前提は、過去ログを読めばおわかり頂けるかと思いますが、一見さんであるM.FUKUSHIMAさんに伝わっていないのは、ある意味当然です。

> > 一方で、訊かれたことに対しては何かしらの反応を返すべきです。
> ここが大いに誤解があると思うのですが、
> 私の記事及び私の挙げた2択は「訊かれた場合」のことはまったく想定していません。
そうでしたか。そういう意図だったとはまったく気がつきませんでした。正直、「どこをどう読んだらそんな質問来んの?」と思っていました。そのような意図の質問であれば、答えは本文に書いてあります。M.FUKUSHIMAさんが主張しておられた
> > > > 「書いてないことは無限にある」
に同意していますから、
> > > 書かないものがあってもいい
と同義ですね。

> 訊かれないけれども自主的に相手の言葉に反応を返したわけです。
> 私の記事及び私の挙げた2択は「訊かれた場合」のことはまったく想定していません。
> あなたのブログに、この世のあらゆる事象を
> 記事として載せなければならないと思うか否かということです。
以上の点、私の本文とはまったく関係ない話だったので、まったく読み取れませんでした。私が本文で主張したのは、
▼4は決して良い反応じゃないよね(75%の平和人権団体に対して)
▼個人でも4をしてる例があるよ(M.FUKUSHIMAさんのエントリを指して)
▼訊かれたらせめて1か2をするべきだよ(75%の平和人権団体に対して)
という点なので、M.FUKUSHIMAさんのエントリが『訊かれていないけど答えた』とか、あるいは二択が『訊かれたときのことなど私は想定していません』なんて、私の本文の主張には関係ないのです。そんなことには触れていませんから。ですから、先ほど述べた「どこをどう読んだらそんな質問来んの?」と思った次第なのです。M.FUKUSHIMAさんが『書き手』となってここで反論して頂いて、初めて「俺の書き方が悪かったな。もっと簡潔に書けた。」と思えた次第なのです。

> > M.FUKUSHIMAさんに納得してもらえないということは、
> > それは私が未熟であるからであり、
> > 私の書き手として文章力が悪い、足りないということに相違ありません。
> このあなたの発言の前提には「私の意見は正しい」という前提がなければ成り立たない話ですね。
正しくないのですか? 『受け手』としては、その文章をすべて是として受け取る以外に手段がありません。皮肉が入っているかどうか、ネタかどうか、どういうキャラなのか、などというのは、過去ログからじっくり読まないと分からないことです。過去ログを読んでいない一見さんには当然、『読み手』としての力が備わっていないわけです。そのような『読み手』は、『「書き手の意見は正しい」という前提』で読むしか手がないのです。それに対して『読み手』が「そりゃ違うだろ」と思って議論が始まる、そこで、このように立ち位置の違いを確認しながら話を進めていっているのです。勝手知りたる仲ならば、それぞれの考え方を互いに知っているでしょうから、立ち位置の確認は不要ですが、このような一見さん同士の議論では必要となってきます。相手の主張をすべて「相手は是と思っている」という前提で話を進めないと、話が進まないでしょう。

> 議論は大勢で作り上げるもの。
個人のチラ裏の場合、そうではないと思います。現に、1対1でもこうして議論になっておるではないですか。

※r_westさん関連。あのころ俺は若かった・・・・・・素直にポインタを示すだけにしておけば良かったと思ってます。(興味があればどうぞ)
http://d.hatena.ne.jp/r-west/20070609/1181354437
http://ogawa.sankinkoutai.com/0704~06.htm#070611_1
http://d.hatena.ne.jp/r-west/20070609/1181394723
http://ogawa.sankinkoutai.com/0704~06.htm#070612_3
http://b.hatena.ne.jp/r-west/20070618
http://ogawa.sankinkoutai.com/0704~06.htm#070619_3
http://b.hatena.ne.jp/r-west/20070621
http://ogawa.sankinkoutai.com/0704~06.htm#070622
http://ogawa.sankinkoutai.com/0710~12.htm#071031_1
Posted by 小川 at 2009年07月08日 14:14
>今後の活動に支障をきたさないようにするならば1ないし2と反応しておくだけで印象は違ってくると思う
 一般論としてはこれ自体は賛同ですね。ただし、ここについてはやはりスタンスの違いであるといえましょうが、私は印象だけで評価しようとは思いません。やはりその団体がなぜ反応をしないかということも判明してから、私は評価しますね。

>webサイトで主張を行っている時点で、『不言実行』とは呼べません。
 不言実行という言葉を選択したのは私の誤りかもしれませんが、優先順位として、意見表明などより実際の活動を重視しているとくらいに思ってください。ホームページがあるならそれで十分と考えているとか。まったく何も言わない団体とまで言うつもりはありません。

>また、念のため、いくつかの団体のサイト内を探してみましたが、特段、まとめWikiの管理人の情報に誤りは見あたりませんでした。
 独自の調査をされたということですね。これについては、私が先入観であなたの立場を受け取ったということなので、謝罪します。

>受け手が議論の参加者になるには、『受け手』が『書き手』となり疑問を投げかけねば始まらないと思います。・・・もしかしたらと思ったので書きます(これまでは書いていませんでした)が、私は『議論する以上、受け手にある程度の受ける力があるのは当然』だという前提で話を進めています。
 受け手書き手の問題についての、我々の話のかみ合わなさの核心ような気がします。まず、私は「受け手」という言葉を、議論に参加する人とは区切っていません。ROM専門の受け手も想定して書いています。レッテル貼りの話についても同様です。また、受ける力がない人間が議論に加わる場合も現実にはあるので、そのケースも含めて私は意見を述べています。受け手、書き手という言葉を最初に持ち出したのは私が先だったと記憶していますが、最初からその前提で書いています。
 過去ログを見なかった点は私の至らなさではありますね。すいません。

>M.FUKUSHIMAさんのエントリが『訊かれていないけど答えた』とか、あるいは二択が『訊かれたときのことなど私は想定していません』なんて、私の本文の主張には関係ないのです。
 本文自体とは関係ないとも言えますが、そもそも私のブログをどういう意図で引き合いに出されたのでしょうか? もうしわけないですが、あなたの発言の中身もいろいろぶれているのでわからなくなってきているのですが。言葉が乱暴ということでしたらそれはそのとおりで、今までも認めています。通常はしませんが、相手によってはああいう対応をします。それはそれで私のスタンスということで、それなりに納得いただいたようですが。
 しかし同時に、「それに対して、決して無視はせず、自分のスタンスを明確に発表しておく。」とか「訊かれたことに対しては何かしらの反応を返すべきです。」ということも出てきます。一般論というだけでなく、私にも向けられているように思えます。そうであるなら、私が人から訊かれたのに無視していると言われているように思えます。
 最初に書いたとおり、私は言い訳をしにきたんです。私は無視はしていない、すなわち反応を返し、自分のスタンスを明確に発表しています。そのスタンスの一つとして、「ブログの記事としてあらゆる事象を取り上げることは出来ないので、取り上げない理由を勝手に恣意的なものと解釈されても困るよ〜」というのもあるわけです。
 私の状況を例えると、陰口を叩かれてその内容に対して反論を言っていたところにあなたが現れて、「訊かれたことにはちゃんと答えなさい」とお説教をされたというところです。それだとちょっとピントがずれてはいませんか? 訊かれてもいないし、そうであるのにわざわざ自分から回答したのですから。「相手の態度が悪いからって同レベルの反応を返すことはないだろう」と言われたのなら、単にこれが私のやり方ですと返すだけなのですが・・・。
 要するに、私は未だに、何番の例で自分のブログが引き合いに出されたのか分からないわけです。4が言葉が乱暴な例というのなら、確かに4に当てはまると思います。しかし同時に3の例としても引き合いに出されているように思うんですが。それについてはどう考えても納得がいきませんね。

>『受け手』としては、その文章をすべて是として受け取る以外に手段がありません。皮肉が入っているかどうか、ネタかどうか、どういうキャラなのか、などというのは、過去ログからじっくり読まないと分からないことです。
 正直分からないな。どうして皮肉とかネタとかキャラの問題が入ってくるのか。スタンスの違いと言われればそれまでですが、私は書き手として、自分の言ったことが納得が言ってもらえなかった場合、まず考えるのがやっぱり自分が間違っているのではないかということで、その次に自分の表現が悪かったか、最後に相手の理解が足りないかという流れですね。自分が間違っているという可能性をすっとばすのは、個人的にはどうかと思っただけです。
 逆に受け手としては、確かに私も書き手の言葉をとりあえず是として読みますよ。しかし、この前斜め読みした文章を読むための解説書には、是として読む方法と逆に非として読む方法、両方あると書かれていました。もちろんこれは、書かれていることをネタと考えて読めとかいう話ではありません。書かれていることが間違っているという前提で読むということです。私も両方の方法があると思いますね。ただ分からないのは、あなたがなぜ、是としない=「ネタ」「皮肉」「キャラ」と考えるのかです。是としないなら、普通は単に間違っているという前提で読むということだと思いますよ。
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月09日 02:40
> やはりその団体がなぜ反応をしないかということ
> 優先順位として、意見表明などより実際の活動を重視しているとくらいに思ってください。
メールで反応もらえなかったらどうにも知りようがないんですよね。ニュースで全国的に報道されるわけでもないですし。これまた双方の意見は出てしまったので、これはこれで置いとくしかないですな。

> 独自の調査をされたということですね。
> 私が先入観であなたの立場を受け取ったということなので、謝罪します。
いんや、私がリンクいちいち貼るのが面倒で端折った部分で、それに対してツッコミを頂いたっつー部分です。別に謝られる必要はありません。むしろ悪いのはコッチです。

> 私は「受け手」という言葉を、議論に参加する人とは区切っていません。
> ROM専門の受け手も想定して書いています。
どうやらご推察のとおりのようですね。以前のコメントに書いたように、私は「書き手になって初めて議論」だと思ってますからね。ROM専や何も言わない一見さんなどのことは気にしていません。前提が違うとなると、噛み合わないのも当然ですね。

> 過去ログを見なかった点は私の至らなさではありますね。すいません。
これまた別に謝られる必要はありません。お互い様ですし、俺の場合8年分ぐらい過去ログありますから。(今読むと、100回ぐらい死にたくなるよなぁ・・・過去ログ)

> そもそも私のブログをどういう意図で引き合いに出されたのでしょうか?
本文を見直してみると、誤解を消せる(かもしれない)点が何箇所かありました。まず1つ。
> > > > > > > > さて、興味深いのは3だ。
の前に2行あけてありますが、これを1行にする。つまり、上の、1、2、4〜7の続きとする。次に、
> > > > > > > > 個人のブログなどでは「1つ1つの案件になんか対応できない(意訳)」
の前に1行あけてありますが、これを2行にする。つまり、上の3のケースの話とは別とする。これならば、
> 同時に3の例としても引き合いに出されているように思う
という点が解消されるかと思います。まぁ、いくつか前のコメントにも書きましたが、
> > > > 『表現に悪意があるから4だ』と申しております。
なので、『3の例としても引き合いに出されているように思う』のは杞憂です。私の書き方が悪かっただけです。

また、
> 「それに対して、決して無視はせず、自分のスタンスを明確に発表しておく。」とか
> 「訊かれたことに対しては何かしらの反応を返すべきです。」ということも出てきます。
> 一般論というだけでなく、私にも向けられているように思えます。
一般論ですから、M.FUKUSHIMAさん、ブラックボックステスターさんだけでなく、すべての人に向けています。勿論、自戒も含まれています。

> 陰口を叩かれてその内容に対して反論を言っていたところにあなたが現れて、
> 「訊かれたことにはちゃんと答えなさい」とお説教をされたというところです。
面白い例えですね。その通りです。
> > > > > > > > > 橋下を攻撃するところって平松大阪市長とか同和利権にはスルーだよね
> 訊かれてもいないし、
いや、訊かれてるようなモノではないでしょうか? それとも・・・受け取り方の問題・・・なのかなぁ。私だったらこれは訊かれている(ツッコまれている)と受け取りますんでね。

> 自分が間違っているという可能性をすっとばすのは、個人的にはどうかと思っただけです。
私が、エントリ1本書き上げるのにじっくりこってり推敲するからです。推敲の段階で矛盾などあれば気づきますから。気づかなかった場合、誰かにツッコまれて初めて気づくこともあります。あとから自分で気づくことは・・・まったく無いと言いませんが、ほとんどないですね。(蛇足ですが、俺が「取りかかりの遅いプログラマ」「バグの少ないプログラマ」と上司から評された部分も多分この辺りと関係がありそうな気がします。)

> どうして皮肉とかネタとかキャラの問題が入ってくるのか。
> 書かれていることが間違っているという前提で読むということです。
あー、前コメの私の表現がマズかったようですね。書き直します。【『受け手』は、『書き手』が「書き手である俺様の意見はすべて是」と考えて書いている、として受ける以外の手はない】ということです。『受け手』がその書かれた文を見て是と取るか非と取るか、という話ではない予定でした。『書き手である俺様の意見はすべて是』を『書き手が否定する』のなら、それはネタか皮肉かキャラじゃないのかな、という主張です。
Posted by 小川 at 2009年07月09日 20:15
 若干順番前後しますが、書いていきます。
>いや、訊かれてるようなモノではないでしょうか? それとも・・・受け取り方の問題・・・なのかなぁ。私だったらこれは訊かれている(ツッコまれている)と受け取りますんでね
 突っ込まれているという表現ならそのとおりですが、訊かれているというのは「TBなりコメントなりで当人からその文章の存在を知らされた場合」という限定をつけてもいいのではないですか? たまたま私は見ましたが、こっそり書かれても私には訊かれているとはとれませんね。「こっそり突っ込まれている」という表現はあるでしょうが「こっそり訊かれている(訊かれている対象が訊かれていることを認識できない場合)」というのは非常におかしな表現だと思いますよ。また、訊かれていると解釈しても、現実に私はそれに相手と同じ方法で回答しているのですから、少なくとも「訊かれて回答していない」わけではありません。

>私が、エントリ1本書き上げるのにじっくりこってり推敲するからです
 う〜ん、私も推敲はしているつもりですが、それでもやっぱり自分の過ちの可能性を先に考えますね。少なくともブログの記事について言えば、今までそれほど間違ったつもりはないですが。ただ、コメントはどうしても推敲不足になるので、混乱しているようなことがままあります^^;

>メールで反応もらえなかったらどうにも知りようがないんですよね。ニュースで全国的に報道されるわけでもないですし。
 一応最後にひとつだけ。正直、団体側が警戒するのは当然だと思いますよ。見知らぬ相手からのメールなどは、回答がどう扱われるかわかりませんから。あなたが言うように、コメントを出せば印象良く感じる人はいるでしょう。しかし同時に背負うリスクもあります。どちらがいいか、そうそう簡単に判断できることではないと私は考えます。ですから無回答という判断も、私は許容します。

>以前のコメントに書いたように、私は「書き手になって初めて議論」だと思ってますからね。
 やっぱりかみ合わないな〜^^;。「書き手になって初めて議論」というのは別に私の認識と違いがあるわけではありません。ただ私は、議論の外の場合における「書き手」と「受け手」についても述べているということです。議論の外には「書き手」と「受け手」はいないのですか?
 そして、議論の中における「書き手」と「受け手」の考え方も、やはりあなたには賛同できませんね。議論の中で意思の疎通がなかった場合、やはり書き手が悪い場合もあれば、受け手が悪い場合もあると思います。理解は、書く側の能力と受ける側の能力双方の兼ね合いで結果がでるのではないですか? 書く側と受ける側は議論の場では連続して入れ替わるわけですが。そういう考えですから、あなたに謝られる必要はありませんと何度言われても、受け手としての自分が悪かったと思えば何度でも謝罪します。
 あと自分のブログの記事にも以前書いたのですが、例えば新聞が「分かりやすさ」を売りにするような、受け手を一方的に甘やかす風潮を、私は常々問題だと認識してきました。結局受け手を甘やかすと、受け手自身のスキルアップも妨げることになると思います。自分の書き手としての責任を考えて、それでも受け手が悪いと思ったら、私は容赦なく突っ込みます。
 ちなみに、私が相手のレベルに合わせてわざわざ表現を使ったのは、同じレベルで返せば「人の振り見て我が振り直す」かな〜ととを淡い期待してのこと。まぁ、無理かなとも思ったし、放置の方が大人の対応だとは思いましたが、どうしても荒療治することを我慢できなかったわけです。結果効果はやはりなかったようですが。別に怒って書いたわけではないですよ。蛇足ですが。

 私のブログを引き合いに出されたことについては、納得しました。私の誤解も多分にありました。私も受けてとしての能力をスキルアップをしなければならないようですね。すいませんでした。それから、議論は出尽くしたと思いますので、一応このくらいで筆を置きたいと思います。長々とお付き合いありがとうございました。
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月10日 01:16
最終的にいくつか「立ち位置の違い」「埋まらない溝」「理解できるけど納得できない」といった部分が双方に残ったかと思います。まぁ、時間が経ったり経験を重ねるたりすることで色々考え方も変わってくるでしょう。

自分の立ち位置や文章力について深く考察でき、かつ、他者(M.FUKUSHIMAさんのこと)の考えも考察でき、私としては得る物のある、実りのある議論ができたと思っています。こちらこそ、お越し頂いた上にお付き合い頂き、ありがとうございました。
Posted by 小川 at 2009年07月10日 01:59
わぁ、円満に終わってる。大人だなぁ。

私もなんか書こうと思っていたのですが、荒れるかもしれないと思ってROMってました。
お互いが違う人間ですので、埋まらない溝があったりするのは当然のことです。
考え方や感じ方が違うのは当然のことです。
それらを納得はできなくとも理解していこうとするのは大変素晴らしい事だと思います。

それが真実の学問ではないかとも思います。
学問の力により感情よりも理性や知性で語る事ができる。そして相反する事柄があっても、それを理性や知性で議論を重ねる。

よくこの手の議論になると、荒れてしまって最後は喧嘩別れになることが多いのですが、今回はよく円満に終わったなぁというのが最初の一文にも書いた感想です。

お2人とも立派な大人で素晴らしいです。私も見習いたいと思います。
Posted by アレックス at 2009年07月12日 13:48
> 納得はできなくとも理解していこうとする
アレックスさんは見てたかもしれませんが、京都での一件では、自分の立場からの説を強行に主張してもダメだということをイヤという程思い知らされました。自説に対する反論などがあった場合は、自分の立ち位置、相手の立ち位置をできるだけ理解することが、議論をする上で重要なんだなと、そりゃもう痛切に感じました。

今回の場合、京都と違って絶対的な1つの結論を出す必要は無かったので、「双方の主張が出て、互いに反論も出て、互いに納得していない。じゃあ置いておきましょう」となった・・・ってトコじゃないですかね。

> よくこの手の議論になると、荒れてしまって最後は喧嘩別れになることが多い
「議論にならない言葉を浴びせかけられるかと思ったが、そうでもなく、ちゃんと話ができる」と、少なくとも私は思いました。M.FUKUSHIMAさんも、ここまで付き合って頂いたことから見て、似たような印象をお持ちになったのではないですかね。勝手な想像ですけど(笑

> 立派な大人で素晴らしいです。私も見習いたいと思います。
そんな凄いアレではないです。家では全裸で「チンコチンコー!」とか言う大人です。シンゴー!!(間違い
Posted by 小川 at 2009年07月12日 22:29
 すみません、何日か忙しかったのでみていませんでしたが、アレックスさんも書き込みいただいたようですし、余計なことかもしれませんが一応挨拶を・・・。
 アレックスさん、始めまして。
>お2人とも立派な大人で素晴らしいです。私も見習いたいと思います。
 年齢だけは、確かに大人です。しかし精神年齢は・・・。言わないでおきます。
>「議論にならない言葉を浴びせかけられるかと思ったが、そうでもなく、ちゃんと話ができる」と、少なくとも私は思いました。
 はい、私もそう思いました。すいません、最初はかなりあなたに偏見入ってましたし。反省してます。コメントを重ねるうちに、なんか最初の印象と違うぞ・・・って感じで。よく読んでもらえば、ひょっとしたら私のその心理の変化が文章からも読み取れるかもしれません。

 いろいろ失礼しました。

 
Posted by M.FUKUSHIMA at 2009年07月13日 01:03
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