2008年12月15日

自家中毒になる理由

櫻井敦司は天津影久と親子丼の夢を見るか

(略)

そのイメージとは「親子丼」というネーミングから来るもので、こんな悪趣味な名前を最初に付けた奴は死んでもいいと思う。
わたしは子供の頃ずっと、この名前のせいで、ニワトリとその親が産んだ卵をわざわざセットで殺して作った料理=「親子丼」だと思っていた。すなわち、どんぶりの上に乗っかったニワトリと卵は「血のつながった実の親子」だと思っていたのである。

(略)

小学校くらいまでのわたしは他にも色々とろくでもない想像が働きすぎて食べられないものが多く、それはひどい偏食だった。「美味しくない」とか「見た目がイヤ」という理由より、脳内劇場で残虐シーンがフルカラー絶賛上映中(台詞付き)になるほどイメージ力が強いために食べられないのである。
うぐいすパンの中には形もわからないほど磨り潰したうぐいすがみつしりと詰まつてゐた(略)という具合に、おおむねネーミングからイメージが膨らんでしまい食欲をなくすのだが、生牡蠣は見た目が摘出したばかりの眼球みたいだと思う。口の中に入れるとあの丸みが眼球の丸さを想起させ、プチッと噛むと中から眼球の中身が(略

(略)

なぜ食べたくないのかをちゃんと説明しなかった
ので、周囲の大人からは単に「偏食が激しくて神経質な子供」と思われていた。

(略)

そういえば、俺の叔母にあたるヒトも、幼少の頃に自家中毒だったと祖母から聞いた記憶がある。確か、「何食べさせても吐く」とか言ってたような。ナツさんと同じような理由でそうなっていたのかどうかは定かでないが、祖母および叔母に話を聞いてみるのは一興。ウチの娘が自家中毒にならない保証はないし、知っておいて損はなかろう。もしなったら、じっくりと、食べたくない理由を聞いてみるのも良いだろう。(正直に話してくれる環境をどうやって作るかは難しい問題だが)

ちなみに、自家中毒だった過去を持つ叔母は、調理師免許を持った調理師さんです。今は、偉くなってデスクワークが多くなったらしい。人生、何がどう転ぶか分からないモンですな。
ラベル:自家中毒 ナツ
posted by 小川 at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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