2008年11月20日

同性愛

なんかテレビでマッキーの特集してたのをボンヤリ見てた。

マッキーは、麻薬で捕まって復帰して以降、ゲイの仕草や口調、イントネーションを隠さなくなった。彼がゲイかどうかは、事実に近い瞬間があったようだが、今は確認できない模様。まぁ、ご本人には悪いけど、マッキーはゲイだろうなぁ。

で、彼がゲイだとすると、彼の作った歌がいちいち意味深に見えてくる。『もう恋なんてしない』のときも、オトコと住んでたのかなぁ・・・なんていう下世話な想像したり。『世界に一つだけの花』に至っては、SMAPが歌うのと全然意味合いが違ってくる。実に面白い。


さて、ウチのカミさんがね(コロンボ)、そりゃあもう801腐女子で。まぁ、慣れてるっちゃあ慣れてるんですよ。ゲイには。マンガでだけど。で、嫁の蔵書の中に『きのう何食べた?(よしながふみ)』てのがありまして。その中の1エピソード。ゲイの主人公筧史朗と、友達の主婦富永佳代子の会話。
筧「うちの母親も、せめて佳代子さんくらいの距離感でいてくれたらとホント思うよ。ここんちの人達だって俺がゲイだって分かっても、けっこう自然に接してくれてるじゃないか。別にゲイを理解しろとかそういう事じゃなくてさ…」
富「んー筧さん、それはちょっとムリなんじゃないの? だって筧さん、あたしにとっては他人じゃない。実の子供なわけじゃないもん。あたしだって娘がある日突然「私はレズビアンです」って言ってきたら平静でいられるかどーかは自信無いな。」
(句読点・括弧は適宜追加)
これは同意だなぁ、と思ったことを思い出した。もちろん、娘の件について同意なのだが、それ以外の言外に含まれている(かもしれない)ことに思い至った。

俺は、男性が俺に性的興味を持たない限り、誰であろうが対等に(友達として)付き合えると思う。佳代子さんがゲイである筧と仲良くできるのは、確実に恋愛感情(≒性的関係)が発生しないからで、それゆえに友達になれたのではないかと思う。俺は、ホモでもレズでもバイでも、性的関係を持ったらそれは友達ではないと考えている。なので、そのような関係にならないならば、ウマが合えばホモでもレズでもバイでも、俺は友達になれると思う。

かつてはネカマすらホモフォビア的に嫌っていた時期もあった。しかし、今の嫁の趣味に触れるウチに、「まぁ、俺に関係なければ別にいいか」と許容できるほどになった。進歩、と言って良いのかな。


ちなみに、マッキーの歌は好きですよ。その歌のうまさと声は、B'z稲葉同様、立派な才能であると思うし。


posted by 小川 at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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