2009年12月24日

感動とは何か

(12/24 夜中のテンションで書いた記事に加筆修正&メガテンSJの話を加筆)

プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達を見終わった。伊集院がつぶやいていたように、確かにある種のイヤラシサというか、わざとらしさというか、回を重ねるごとにそういうものは感じる。しかし今回、俺の置かれている状況と重なって、そういった点に目がいかなかった。いつものように斜めに構えて見るカンジではなく、真剣に見入っていた。

感想としてまず言いたいのは、「自分の今置かれている状況と共感するところが多数あり、物凄く心動かされた」ということだ。登場する野球選手がどのような処遇になったかは一通り把握しているが、それでも的場が合格したシーンではグッと来た。俺は的場同様、妻がおり、子供がいる。その中で無職となり、二度と前職の世界に戻れないかもしれないが、一抹のチャンスを掴むために、努力を重ねる姿、そして、合格したときの喜び。妻の笑み。・・・重なるところが多すぎて涙がこぼれそうになった。ホント、涙もろくなったなぁ・・・


ノンフィクションやドラマ、あるいは小説やゲームなどを見て、感動するとはどういうことだろうか。俺はその中の1つに、追体験・類似体験のようなものがあると思う。今回のドキュメント番組は、俺にとって間違いなくコレだと思う。

先日、Twitterでako_bayさんと話していたときのこと。ako_bayさんは、以下のようにつぶやいた。ako_bayさんゴメン、大量に引用いちゃった。テヘッ。
下田麻美さんの言ってることは決して大げさじゃない。やよいが『チキンライス』 http://kashinavi.com/song_view.html?15860 を歌うってだけで反則級だ。 http://yaplog.jp/asaponmax/archive/2324 |P|
人は年齢を重ねると涙もろくなると言うが、今はそれを理解出来る。『チキンライス』の歌詞が発表された当時に大して感動しなかった自分が、今は泣いている。年齢を重ねれば自分の気持ちや境遇を理解してやさしくなれるって事なんだろうな。 |P|
@ogawa_sankin まあまあ取り敢えず読んでみて下さいよw http://kashinavi.com/song_view.html?15860 |P|
母子家庭に育った自分は、子供が家庭の経済を心配するせつなさのようなものは少なくとも共感していた。 |P|
@magicalsammy 子供心に、「贅沢しちゃイケない」って気持ちと「でもちょっと良いものを食べたい」って気持ちがあって、でもそれを止められない親の気持ちとか思うとね。子供がメニュー表の値段を気にする事の辛さと、子供の頃に値段を気にしていた事を親が今知ったらと思うと… |P|
「良いもの」って言うか「ちょっと高いもの」かな。贅沢したい気持ちが俺にはあった。 |P|
やよいの凄いところは、自分の家が貧乏である事は認識してるが決して不幸だとは思っていないところ。原因が父親にある事もわかっているが「誰が悪いか」ではなく「自分に何が出来るか」を考えて行動しているところ。しかも自分の為ではなく家族の為に行動している。 |P|

これは思うに、ako_bayさんの過去に体験した事柄と、松本の詞、やよいなるゲームのキャラ?の設定、そのキャラが歌うということが、ako_bayさんの過去の扉をこじ開けたのだろうと思う。

真ん中あたりで、俺に「読んでみて下さいよ」とあり、詞を読んでみた俺の感想は、
「チキンライス」おいらは無感動でしたゴメンナサイ。 *Tw*

リアル知人はご存じかもしれないが、俺は食事に対してこだわりがない。ako_bayさんは、俺が3食そうめんを喰って生きていた隔離病棟時代を覚えているだろうか? 京都では、3食中2食、同じコンビニ弁当を食べていた。(残り1食は、同じく京都へ連れ去られた女性スタッフや、アレックスさんが作ってくれていた。) 京都に連れ去られた中で俺より若いスタッフは、いつもコンビニへ行くときに声をかけてくれていた。「コンビニ行ってきますけど、何か買ってきましょうか?」 俺は終盤、こう答えていた。「いつもの。」 (390円以上で最も安い弁当1つ、ウィダーインゼリーの緑のやつ、プロビオヨーグルト) そのくらい、食に対してこだわりがない。同じものを食べ続けても平気だし、そうでなくても平気だ。

んで、俺は子供の頃、家族で食事に行くことはもちろんあったが、「好きな物を食べていい」と言われても困っていた。嫌いな物は「ほうれん草」だったが、好きな物は特に無かった。正確に言うと、「ほうれん草以外ならなんでも好き」だ。だから「好きな物」と言われても困った。とりあえず、量が多いヤツを頼んでいたように記憶している。

ゆえに、俺は「チキンライス」に対しての感動が無い。外食、およびその予算に関して、親に気を遣ったりはした記憶が無い。


一方、今回のドキュメント番組のほうは、今の俺の置かれている状況にジャストフィットする。山田秋親については少ししか触れていなかったのでさほどの感動は無かったが、的場はヤバかった。結果は残せなかったが「全力でやった、悔いは無い」と、自分に言い聞かせるように繰り返す的場。ただひたすら待つ日々。無職になっても支えてくれる身重の妻。まだ「テストを受けに来い」と言われただけなのに、安心した顔を見せる妻。一歩前進は嬉しくも、まだ何も決まっていないと喜びを噛み殺す的場。番組スタッフに人見知り発動して妻にしがみつく2歳の子供。妻(あるいは番組スタッフ)の前ではカッコつけて大喜びしない的場。

的場の思いや奥様の思いが、手に取るように伝わってきた。


話は飛ぶが、俺は子供の頃、「人の死」というものに出会っていない。死体も見たことがなかった。初めて出会ったのはごく最近だ。両親、兄弟、それから祖父母にいたるまで、2年前に亡くなった祖父以外、まだみんな生きている。俺が子供のころからずっと生きている。幼い頃、「人の死」に触れていないため、今、人の死に出会っても極めて淡泊だと思う。今度こそ危ないという母からの連絡を受け、急遽実家へ戻って見舞った祖父は、次の日の朝には亡くなっていた。初孫である俺と、初ひ孫である俺の娘の写真を見て、大きな声を上げて喜び、力強く俺の手を握った祖父だったが、誰にも看取られることなく夜中病院で静かに逝った。

遺体を一晩ウチに置き、線香を絶やさぬ寝ずの番は交代で務め、通夜、葬式の段取りは、長男である俺の父とその妻こと俺の母が中心となって行った。出棺のとき、そして火葬場で焼き場(っていうの?)に入るとき、周りの涙声に影響されて涙が出たが、それ以外では特に悲しむというほどのことは無かった。ただ、祖父は逝った。娘に名前をつけてくれた。もう2度と会えない。それだけだった。

もし、子供の頃に、人の死を経験していたら、もっと違ったかもしれないが、今の俺では、概ねこのような感想だった。祖父でさえこの程度の感動なのだから、ゲームや映画で人が死んでも全く感動しない。「そりゃ、人が死にゃあ悲しいよ。だけど、作り手は、死以外で感動させてみろっつんだよ」などと思っていた。昔から思っていた

メガテンSJでは、(もうネタばれしても大丈夫だろうが一応隠す。反転させて見て下さい。)ゼレーニンがマンセマットに感化されていく様子が描かれる。セクターBで出会い命を助けられ、Cで彼の部下たる天使を賜り、D(実質B)で再会し、Gで遂に洗礼?を受け天使?になる。んで俺は、Gのシナリオ中に起こるJ部隊の反乱時に「血を流さずに解決したい」と言い出したあたりから違和感を感じていた。え? ゼレーニンっていつの間にそんな天使に感化されちゃったの? と。実験の結果を重視する「科学者」が、そんな簡単に神の御使いに感化されるモンなの? と。セクターCで衝動買いの話をふられたときに「私は計画的なほうなの」みたいな返事を返したゼレーニンはどこ行ったの? と。

結局、感動するかどうかってのは、その人の体験に依存するんだな、と思った。「チキンライス」や「人の死」や「神(の御使い)の奇跡」には感動しないが、「水戸黄門」や「はじめてのおつかい」や、「プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達」には感動する俺がいる。


で、俺の仕事の話に繋げるのだが、ゲームってのは、突き詰めると「感情を動かされるかどうか」がキモだと思っている。喜び・怒り・悲しみ・快感・ストレスetc. その感情を、作り手と遊び手とで共有できるかどうか。共有できる遊び手が多いかどうか。ブランド力以外にも、売れる要素ってのは一杯あると思うけど、突き詰めてそういうことを考えている作り手って、ほとんど見かけたことが無い気がする。まだまだ色々考えることあるなぁ・・・。
ラベル:感情 テレビ
posted by 小川 at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月16日

森の熊さん

ウチの娘には、それこそ乳児のころから、家内が「森の熊さん」を歌ってあげている。まぁ、家内の童謡レパートリーが少ないこともあるのだが、まぁとにかく歌ってあげている。最近では、夜、布団で寝かすときに必ず歌ってあげる曲の1つになっている。

先日から、家内と娘は、第2子出産のため実家に帰っている。こないだ俺もおじゃましたとき、娘は「みんなのうたDVD」の「森の熊さん」を楽しそうに見ていた。寝る前に家内が歌ってあげる「森の熊さん」を好きなときに聞けるのだから楽しいのだろう・・・と思いながら、なんとなく俺も見ていた。




普通に声をあげて笑ってしまった。これはシュールだ。シュール過ぎる。面白過ぎる。2歳児にこの面白さが分かるのかどうかは定かでないが、物凄く面白い。「みんなのうた」、侮れない。
posted by 小川 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月15日

今更ながら出産報告

果てしなく今更ですが。

第2子が無事産まれました。2人目は1人目に比べて早いと聞いてはいましたが、陣痛が激しくなってから2時間ほどで産まれました。前回の半分くらいだ。まぁ、前回は、陣痛が一旦収まったりしていたので、よりいっそう前回より短く感じた訳ですが。

最近はブログ書くのがどうも面倒らしく、Twitterでばかりつぶやいています。もし、このブログを定期的にチェックなさっている方がおりましたら、Twitterのほうもよろしくお願いしますです。多分、1日に5前後のメッセージが入っていると思います。LoudTwitter? 調べるの面倒で何もしてねーや(ako_bayさんゴメンナサイ


いやだってさ、下書きをテキストで書いて、推敲して、ブラウザ開いて(しかもわざわざIEだ!)、seesaaのクソ重いトップページ表示しきるの待って、ログインして、たまにログインできないジャンseesaaって(俺だけ?)。んで、「あー、ログインできねークソseesaaが!」と毒づいて、何度も入力してようやくログインして、クソ重いページ表示しきるの待って、自分のブログ選択して、クソ重いページ表示しきるの待って、テキストからコピペして、ジャンルとタイトルとタグ考えて、「確認するボタン」押して、クソ重いページ表示しきるの待って、確認して、ミスってたら書き直して、そうでなかったら「保存するボタン」押して、クソ重いページ表示しきるの待って、・・・と。こんなにあるんだぜ。ココまで読んだアナタもウザかっただろうし、書いた俺も面倒だったし、実際これを動作させるのも面倒。

Twitterなら、俺はTwitを使わしてもらってるけど、書いてCtrl+Enterで終了だからね。ラクチンだわ。起動は自動起動してるし。

ブログに比べりゃ、昔の「テキストに書いて、保存して、FFFTPでアップして終了」のほうがラクチンだったわなぁ。


てことで、ブログの更新頻度はさらに落ちると思いますです。 あれ? 何の話だったっけ(苦笑
posted by 小川 at 22:00| Comment(2) | TrackBack(0) | チラ裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする